岡山地方裁判所 昭和44年(ワ)359号 判決 1971年4月14日
原告
河口ツヤ子
被告
渡辺哲男
ほか一名
主文
被告らは、原告に対し、各自一三四万一六二〇円およびこれに対する昭和四六年四月一四日から支払済みにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は一〇分し、その一を被告らの、その余を原告の各負担とする。
本判決は、第一項に限り、仮りに執行することができる。
事実
第一、当事者の求める裁判
原告
被告両名は、原告に対し、各自一三七四万七一九五円およびこれに対する本判決言渡の日から支払済みにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告両名の負担とする。
との判決ならびに第一項につき仮執行宣言。
被告ら
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
との判決。
第二、当事者の主張
原告
一、原告は、昭和四三年一月二六日午後七時三五分ごろ、訴外河口忠夫運転の自転車後部荷台に乗り、岡山市並木町臨港線藤田駅踏切南側の交差点を南進中、同交差点に東方より進入し同所で右折しようとした被告渡辺運転の軽四輪自動車(以下、単に、加害車両という。)に、自転車後部左側に接触され、路上に転倒した。そのため、原告は、同月三〇日から昭和四四年四月二一日までの間に、前後五回にわたつて通計一七六日間の入院治療、昭和四三年五月六日から同年一二月二七日までの間に通計二三六日間の通院治療を要する頭部打撲症、頭蓋骨骨折および頸部捻挫の傷害を負つた。
二、本件事故は、被告渡辺が前記交差点を右折するに際し、前方を注視すべき注意義務を怠つたことによつて発生したものである。
三、被告株式会社丸安は、当時本件加害車両を自己のために運行の用に供していた。
四、原告は本件事故により次の損害を蒙つた。
(一) 逸失利益 四二六万〇二八二円
原告は、事故当時満四五才一〇ケ月で、ビニールのホックつけ等の内職を行ない、年間三五万二七六〇円の収入を挙げていたところ、本件事故による傷害のため、右内職等も行いえなくなつた。原告は右内職により満六三才にいたるまでの一七年間は右と同程度の収入を挙げえたはずである。そうすると、右収益総額からホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除した四二六万〇二八二円が本件事故当時の原告の逸失利益となる。
(二) 慰謝料 八〇〇万円
原告は、一家の主婦であるが、本件事故による傷害で、家族すべて突如として不幸のどん底に陥り、著しい精神的苦痛をうけたことはもとより、なによりも原告自身今なお頑固な頭痛、めまい、吐気、嘔吐の症状が持続し、時々失神発作もあり、そのため自律神経系機能に著しい障害が生じたまま、軽易な労務にさえも服することができない状態で、これらの肉体的、精神的苦痛を慰謝するに金銭をもつてするとすれば、八〇〇万円が相当である。
(三) 付添費 一万四〇〇〇円
昭和四三年一月三〇日から同年五月五日までの入院期間中、同年二月一八日までの二〇日間につき付添看護を要し、当時、一日七〇〇円の割合で合計一万四〇〇〇円を出捐した。
(四) 弁護士費用 一四七万二九一三円
被告らは、原告の蒙つた前記損害につき言辞をかまえて不当に支払をしないため、弁護士に委任して訴を提起せざるをえなくなり、そのため、原告訴訟代理人に対し、着手金六一万三七一四円、成功謝金八五万九一九九円合計一四七万二九一三円を出捐せざるをえなくなつた。
五、以上により、原告の蒙つた損害一三七四万七一九五円およびこれに対する本件事故による各損害の発生後である本件判決言渡の日から支払済みにいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
六、被告主張の二、三の事実は争う。
被告渡辺が後続車両により原告同乗の自転車の発見が不能ないし極めて困難であつたということはありえない。仮りに、そうであつたとしても、そのような状態で発進した被告渡辺の過失は重大なものと言わなければならない。また、被告渡辺は、原告同乗の自転車を追い抜いた車両の通過を待つて一時停止をしていたのであるから、その後を進行していた訴外河口忠夫が、自己の車両の通過をも待つてくれるものと判断したことは当然であり、右河口になんら過失はない。
七、被告主張四の事実は認める。しかし、原告は本件事故によつて、本訴請求の損害のほかにも、なお六五万六三八〇円の損害を蒙つている。
被告ら
一、原告主張の一の事実中、原告の入院および通院日数は不知、その余の事実は認める。
同二の事実は争う。
同三の事実は認める。
同四の事実中、(一)については、そのうち原告がその主張の内職をしていたとの事実および(四)、(五)については不知、その余はいずれも争う。
二、本件事故は、訴外河口忠夫の過失に基づくもので、被告渡辺には過失はなく、被告会社は被告渡辺の選任、監督および加害車両の管理等に万全を期しており、加害車両に構造上の欠陥および機能の障害はなかつた。
すなわち、本件事故は、被告渡辺が、本件交差点の手前で一旦停止して左右の安全を確認し、右方より走行してくる車両の通過を待つて後、同所を右折すべく発進した際に発生したものであるが、被告渡辺においては、右車両の後続車両のヘッドライトのため、原告の同乗する自転車を確認することが不能ないし極めて困難な状態であつた。これに対し、訴外河口忠夫は、本件事故現場のかなり手前において一旦停車中の加害車両を認めており、次の瞬間には右加害車両が右折進入してくることが当然予想しえたところ、自らは後部荷台に原告を横掛の姿勢のまま同乗させ、極めて不安定な状態で進行してきたのであるから、かかる場合、右訴外人は安全運転を心懸け、事故発生を未然に防止するため加害車両の動静に注意を払うべき義務があるにもかかわらず、これを怠り漫然進行したばかりか、加害車両との接触前、停止ないし少なくとも直進維持の措置をとることにより容易に接触を避けえたのに、これらの措置をとらずにあわてて加害車両の進行方向にむかつて転把したため本件事故を惹起したものである。
三、仮りに、被告渡辺になんらかの過失があつたとしても、原告もまた、夜間しかも交通の頻繁な本件交差点において、訴外河口忠夫運転の自転車後部荷台に同乗するについては、安定した姿勢を執るべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、前述のように、極めて不安定な横掛けの姿勢で同乗していたのであつて、そのため加害車両と軽度の接触(訴外河口忠夫は転倒していない。)により、原告主張のごとき頭部打撲等の傷害を負つたものである。加え、さきにみたとおり、本件事故は訴外河口忠夫の重大な過失に基づくものであるところ、原告は同人の妻でありかつ同人の運転する自転車に同乗する者であるから、一体となつて安全運転の確保に協力すべきであるのにその協力を怠つたものであり、そのために、訴外河口忠夫において前述のごとき内容の注意義務違反を犯すにいたつたものである。したがつて、これらの事情は、本件損害賠償額を算定するにつき斟酌されるべきである。
四、被告らは、本件事故による原告の損害について、合計八三万六三八〇円を支払つた。
五、原告主張の七の事実中、その主張の本訴請求外の損害かなおその主張の額だけ存することは認める。
第三、証拠〔略〕
理由
一、原告主張の日時場所で、その主張の本件事故が発生し、原告がその主張の傷害を負つたこと(治療日数の点を除く)、被告会社が、当時、本件加害車両を自己のために運行の用に供していたことについては当事者間に争いがない。
〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。
本件事故現場は、南北に通じる車道部分の幅員一三メートルの道路と東西に通じる幅員六メートルの道路が交差する交通整理の行なわれていない見通しのよい交差点(四隔の角が切り取られ曲線となつている。)であるが、被告渡辺は、加害車両を運転し、右東西に通じる道路を西進して交差点の手前で一旦停車し、右方(北方)から進行してくる自動車が通過するのをまつて同所を右折しようとしたが、その際左右の安全を十分確認して発進すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、右方よりの自動車が通過するや、そのすぐ後に続いて来る車両等が存在しないと軽信し、右方の安全を十分確認しなかつたため、訴外河口忠夫運転の自転車(前照灯はついていた。)に気づかぬまま発進し、右折しようとして、折から右南北に通じる道路を南進し加害車両の前を通過すべく進行してきた右訴外人の自転車左前部に自車前部を交差点北寄りの地点で衝突させた(そのため、加害車両の左前照灯のガラスがこわれ、訴外河口忠夫も転倒した。)。
以上のように認められ、他に右認定に反する確証はない。
そうすると、本件事故は、被告渡辺の過失に起因するものと言わなければならないから、被告渡辺は民法第七〇九条により、また被告会社は自動車損害賠償保障法第三条により、いずれも、原告が本件事故により蒙つた損害につき賠償すべき義務がある。
二、〔証拠略〕によれば次の事実が認められる。
原告は、本件事故により頭蓋骨骨折、後頭部打撲症、頸椎捻挫、左膝部裂創、左下腿打撲症等の傷害を負い、昭和四三年一月三〇日まで近くの病院に入院した後、同日より同年五月五日まで岡山市内の川崎病院において入院治療を受け、更に、退院後は同年一二月二七日まで同病院において通院治療(実治療日数四八日)を受け、同日、頑固な頭痛、めまい、吐気等が続き時々軽度の発作を起こすという後遺障害を残して治癒したものとの診断を受けた。
しかし、その後も病状が思わしくないとして、昭和四四年二月五日から同年四月二一日までの間に、前記川崎病院その他に合計六三日間入院し、その後も一ケ月程は一ないし二日おきに通院治療を受けたが、前記後遺障害は特に軽減もせず現在にいたつていることが認められる。
右のように認められ、他に右認定に反する確証はない。
三、〔証拠略〕を総合すれば、原告は、本件事故により次の損害を蒙つたことが認められる。
(一) 逸失利益 一二七万〇三〇〇円
原告は、事故当時満四五才一〇ケ月の主婦で、内職としてビニールのホックつけをし、事故前六ケ月間(昭和四三年一月分は二六日)は月額三万円の収益を挙げていたものであり、その後も、同人の年令や内職が経済状態の変動により左右されるところが大きいものであることを考慮して、少なくとも事故後一〇年間右と同程度の三万円の収益を挙げえたものと解すべきところ、原告は、前記の後遺障害により労働能力が低下しており、その程度は、職種や前記症状の程度等の事情を勘案すると、右期間中労働能力を四〇パーセント喪失したものと解するのが相当である。もつとも、前記入院期間中の昭和四三年二月ないし四月、昭和四四年二月ないし四月の六ケ月間は、入院により就労不能であつたと言わなければならないから、その間については全額が損害と言わなければならない。
そうすると、ホフマン式計算法(月別単利)により年五分の割合による中間利息を控除すると、原告の本件事故当時の逸失利益は、合計一二七万〇三〇〇円となることが計算上明らかである(一〇年間のホフマン係数九七・一四五一、昭和四三年二ないし四月のホフマン係数二・九七五二、昭和四四年二ないし四月のホフマン係数二・八三四七(一四・五二〇五-一一・六八五八)、一〇〇円未満切捨)。
30,000×0.4×97.1451=1165741.2
30,000×(1-0.4)×2.9752=53553.6
30,000×(1-0.4)×2.8347=51024.6
以上合計 1270319.4
(二) 慰謝料 一五〇万円
さきに認定した原告の治療経過、後遺障害の程度その他本件事故に介在する事情を考慮すると、原告が本件事故により蒙つた肉体的精神的苦痛を慰謝するに金銭をもつてするとすれば、一五〇万円が相当である。
(三) 付添費 一万四〇〇〇円
原告は、前記川崎病院における入院期間中、昭和四三年一月三〇日から同年二月一八日までの二〇日間につき付添看護を必要とし、その間の費用として一日七〇〇円の割合による合計一万四〇〇〇円を当時出捐した。
(四) 弁護士費用 二〇万円
被告は、本件事故による損害の賠償につき、原告の請求に応じないためやむなく原告訴訟代理人に本訴の提起を依頼し、着手金および成功報酬として原告主張のとおり支払ないし支払を約したことが認められるが、前記損害額等の事情を考慮して、そのうち二〇万円の限度で本件事故と相当因果関係にある損害と言うことができる。
(五) なお、原告が本件事故によつて蒙つた損害は、以上の本訴請求にかかる損害のほかに、六五万六三八〇円の損害が存することは当事者間に争がない。
四、さきにみたように、本件事故は、被告渡辺の過失に起因するものであるが、また、前顕各証拠によれば、原告ならびに訴外河口忠夫においても次のような過失があることが認められる。すなわち、訴外河口忠夫は、妻である原告の歯医者の診察時間に合わせるべく、夜間、同人を自転車後部荷台に横掛けの状態で乗せ、前記南北に通じる道路を南進中、本件交差点の手前にある踏切でならんだ自動車と並進して時速二〇キロメートル程度に速度をあげて進行したが、本件交差点の手前で右自動車に離されてしまつたまま該交差点にさしかかつたが、その際、一時停止をして右自動車の通過を待つていた加害車両を認めたのであるから、かかる場合、加害車両の動向を注意すべき義務があるのにこれを怠り、自己の通過を待つてくれるものと軽信し、漫然と前記速度のまま交差点に進入したこと、そしてまた原告自身においても、不安定な後部荷台に同乗した交通のふくそうする事故現場付近を通過するについて、横掛の姿勢をとらないようにすべき注意義務があるのに怠り、転倒した際後頭部を強打して損害の程度を深刻にする因となつたことが認められる。ところで、民法第七二二条第二項に定める被害者の過失とは、ひとり被害者本人のみの過失に限定すべきものではなく、これと生活を共通にする身分関係ある者等が同一機会に過失を犯し、これが被害者自身の過失と相まつて事故発生の因となつている場合をも包含すると解するのが相当であり、右訴外河口忠夫の過失は、まさにかかる場合に該当すると言わなければならないから、以上の原告および訴外河口忠夫に存した過失をともに本件事故による原告の損害賠償額の算定にあたつて斟酌すべきであり、その程度は約四割の控除をもつて相当とするから、結局原告が被告らに対して請求しうべき損害額は、前記三の(一)の損害につき七六万円、同(二)の損害につき九〇万円、同(三)の損害につき八〇〇〇円、同(四)の損害につき一二万円、同(五)の損害につき三九万円とするのが相当である。
五、以上により、原告は被告らに対し、それぞれ右のような損害賠償債権合計二一七万八〇〇〇円(七六万円+九〇万円+八〇〇〇円+一二万円+三九万円)を有していると言うべきところ、原告が被告らより合計八三万六三八〇円の内入弁済を受けたことは当事者間に争いがない。
そうすると、原告の本訴請求は、一三四万一六二〇円およびこれに対する本件事故による各損害発生後である昭和四六年四月一四日から支払済みにいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める部分に限つて理由があるから、右限度において認容することとし、その余は失当であるから棄却することとする。
よつて、民訴法九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 裾分一立 米澤敏雄 近藤正昭)